SS全般

油外放浪記第73回「「SS一人勝ち」の「驚異の車検獲得法」が見つかった」

問題児SSが突如として超優良SSに

当社は現在、直営5ヵ所のSSを運営しており、昨年から「車検倍増作戦」に取り組んでいます。その顛末を本欄で紹介してきましたが、骨子は以下の通りです。

 ①SS店頭では来店客すべてに対し、次回の車検の意向を確認し、
  仮予約(エントリー)してくれた顧客に本社からDM(ダイレクトメール)
  を発信する。←昨年は約650台の車検を獲得。

 ②顧客リストの獲得にも努め、その車検時期に合わせて本社から
  車検案内のDMを発信する。←昨年は約700台の車検を獲得。

 ③折り込み広告、ミラーリング、ホームページを駆使し、
  商圏内からも大量の車検を受注する。←昨年は2,700台の車検を獲得。

こうした活動が功を奏し、昨年はリピーターを含めて6,700台を入庫しました。2年目となる今年は7,500台を超える見通しです。

経営トップである私の旗振りのもと、全SSが一丸となりこの困難な局面を打開しようと頑張っている、そんなふうに本連載でも記してきました。
しかし実は、本社(私)の方針に素直に従おうとしないSSがあります。平塚SSです。

神奈川県平塚市郊外の農地に立地し、敷地面積は400坪。燃料油販売量は月平均200klのセルフ店、小さなリフトが1基で設備も老朽化が目立ちます。田舎の生活道路によくあるのどかなSSです。当社の中では立地条件、設備条件ともに最悪なSSでもあります。

その平塚SSが、あろうことか、当社で最も利益を稼ぐようになりました(表1)

販促費をかけずに車検を伸ばした

平塚SSの店長は「販促費はできるだけ抑えたい」と言い、商圏告知活動には頑として首を縦に振りません。本人に絶対の自信があると言うので、新たな販促戦術の開発実験としてやらせてみてもいいか、と考えました。

平塚SSは前述のとおり、設備が貧弱でワゴン車を入れると車体がはみ出すような狭いピット室しかありません。オイル交換などの軽整備はいつもフィールド上に手動式のジャッキで車を持ち上げ、地面に寝転がり作業している劣悪な作業環境ですから、商圏からたくさん車検を獲ってもこなしきれないに違いない、という考えもありました。

その平塚SSがここに来て「稼ぎ頭」となったわけですから、私にとっても嬉しい誤算です。
収益の中心はやはり車検でした。
当社の運営する所沢SSや寒川SSは、平塚SSと同様に、郊外立地で車検歴が浅い。この3SSの車検台数の推移を比較しました(表2&グラフ1)

3月の車検特需により1~4月は5~8月に比べると全体に高い水準ですが、問題は順位です。
社長方針に従って、折り込み広告・ミラーリング・DMを積極的に活用した寒川SSや所沢SSの車検獲得台数は、商圏内からも大量の受注が舞い込み、月平均80台です。

商圏活動を行わない平塚SSはいつも最下位でした。ホームページだけは全店一緒にまとめて掲載しているので平塚SSにも若干の受注はありますが、「やはり店頭活動だけでは、頑張っても毎月70台くらいが限界だろう」と私は思っていました。
ところが5月以降の車検台数は月平均80台を超え、一躍トップに躍り出ているではありませんか。

常識で考えれば、ちょっと計算が合いません。燃料油販売量が月平均200klのSSだと車検見込み客は毎月およそ100台。そこから80台を獲得しているのは、実に8割以上のシェアを獲得している計算です。
これが実現する条件はこうです。

 ①毎月100台の車検見込み客全員に声かけをする
 ②そのうち8割から予約を獲る
 ③1件もキャンセルされることなく入庫する

—以上3つの条件をすべてをクリアしなければ、毎月80台の車検は獲れません。信じられませんが事実です。
果たして、平塚SSで今、どんなミラクルが起こっているのでしょう。

シンプルかつアナログな方法

さっそく現地の様子を見に行き、取り組み内容を聞きました。
「今年の4月以降、車検予約の先行獲得に力を入れています。毎月200件獲れるように頑張っています」「車検予約1日8件」を合い言葉に全スタッフの意識と行動のベクトルを合わせ、真面目に取り組んでいるとのこと。

では、具体的に何をしているのか。聞けばいたってシンプルかつアナログな活動です。

①あらゆる会話の機会を捉えてお客様と車検の話をする。
まず車番認識システムを活用して、車検の12ヵ月前、6ヵ月前、3ヵ月前、2ヵ月前、1ヵ月前の顧客に対しフィールドでアプローチし、車検予約を入れてもらえるようにお願いします。
また洗車、オイル交換、タイヤ交換などの機会にも車検予約をお願いします。
さらに車検を実施してくれた顧客にも、次回の車検予約をお願いします。これはほぼ全員が了解してくれるようです。

②車検の早期予約のメリットはガソリン割引
車検を予約してくれた顧客には、車検実施までの間、最大1年間、ガソリン7円/L引きサービスを提供します。だから早く予約するほどお得であることをお客様に説明しています。

こうして車検を予約してくれた顧客は、来店のたびにガソリン割引券を提示してくれることになります。そこでまたスタッフとの接点を得ます。そしてなおも車検の話題を持ちかけ、予約のお礼と意識づけをします。
「キャンセルOKですから」と言って半ば強引に獲得した予約でさえも、ガソリン代の割引サービスを提供しながら直接コミュニケーションを交わすうち、キャンセル率は激減するというわけです。

以上2点が明らかになりました。
販促費を使わない代わりに、ガソリンを販促品として用いているのです。ガソリン価格の高騰に悩むユーザーニーズを見事に捉えていますね。
目からウロコが落ちた思いです。「SSには人がいない」「人が育たない」という先入観がぬぐえない、私が競合の車検専門チェーンやカーショップを凌駕するような販促手法を必死に研究し、試行錯誤を繰り返している一方で、平塚SSの店長は「顧客接点を生かす」「ガソリンを販促に使う」といった、SS本来の武器を120%生かす方策を淡々と進めていたのです。

彼の話は決してロジカル(論理的)ではありません。しかし、持ち前の動物的カンで、会社の方針とは真逆のことにチャレンジし、成功の兆しをつかんでいることに驚かされました。

昔の刑事ドラマにかこつけると「車検は社長室で獲るんじゃない、現場で獲るんだ!」と言わんばかり。今の時代、あまり見ないタイプの有能な店長だと改めて思います。ビジネスの「進化論」には、こういう「突然変異」が必要なのかもしれません。

予約獲得率は推定8割、入庫率は7割

車検の予約を獲ったりガソリン割引のサービスを提供するのは主にアルバイトの仕事です。
実際に店頭の様子を見ていると、顧客との関係性が他の直営SS以上に親密であるように感じました。アルバイトに聞くと「車検の声かけが辛いとか面倒に思ったことはない」と言い、生き生きとしています。ガミガミと口うるさくマネジメントされている様子はありません。

販売プロセスに関する数字があまりに管理されていないので、ファイルされている予約票などを集計して分かる範囲で調べてみたのが〈表3〉です。

おそらく声かけによって7~9割が予約していると推定されます。アルバイトのセールストークはさほど上手ではありません。しかし、まるで天気の話をするように自然にアプローチしていますから、お客様が警戒しないのかもしれません。
加えて、車検の商品力の高さとガソリン割引のインセンティブが非常に効いていて、これを事あるごとに話す中で驚異の予約獲得率が実現できているのだと思われます。

予約数から逆算すると、入庫率は7割以上です。これもDMや電話、あるいはSNSなどのIT(情報技術)では実現し得ない100%アナログな「人間業」です。

ガソリン割引券を乱発してSS運営は成立するのか

いったい、どれくらいの頻度で7円/L引きサービスを実施しているのでしょう。
調べてみました。

8月1日時点で「7円引き券」を保有している顧客数は595人でした。
POSをチェックすると8月1日の来店台数は346台、うち「7円引き券」を使った人は28人。

時間帯別に見ると<グラフ2>になります。時間当たり最大4人でした。
これくらいなら人の少ないSSでも十分に対応できるし、お客様と話もできます。

次に「7円引き券」の乱発がガソリン収益にどれくらいダメージを与えるか調べました。
7円/L引きと言っても、現金フリー価格の7円引きですから、会員価格と比較すると実質5円引きです。
8月に割引券を使った顧客はのべ1,215人(回)。その平均給油量は21Lでした。
従って1回当たりの割引額は、5円×21L=105円。
これによる8月の燃料の減収は、105円×1215回=約12万8,000円。
つまり、月に12万8,000円の販促費を投入したのと同じ事です。

割引サービスの適用期間は、12ヵ月の人もいれば1ヵ月の人もいます。平均するとちょうど6ヵ月間でした。すなわち割引券を保有する595人に対し、12万8,000円×6ヵ月=約77万円の販促費を投入したことになります。

入庫率は70%ですから、この方式で獲得できる車検台数は、595人×70%=416台。
従って入庫1台当たりの販促費(CPO)は、77万円÷416台=1,850円。
腰を抜かしました。

当社の場合、車検のCPOの許容範囲は1万円くらいまでと考えていますから、破格の費用対効果です。これこそ石油製品供給設備を持つSSしかなし得ない、「SS一人勝ち」車検獲得法ではありませんか。

「平塚式」と商圏販促を組み合わせれば
毎月200~300台の車検入庫も見えてきた

この活動を継続すれば、予約数が累積していくので、将来にわたり車検台数の「票読み」が確実になるでしょう。車検のリピート率も飛躍的に高まるに違いありません。2年後が楽しみです。

ただ、平塚SSはせいぜい月販200klの客数ですから、来店客から獲れる車検台数はすでにほぼ限界値に達していると見ています。これ以上、車検台数を増やすには、やはり商圏活動しかありません。
仮に、平塚SSがリフトをもう1基余分に持っているのであれば、躊躇なく商圏活動を展開させるでしょう。その枠組みを〈表4〉で示します。

あらかじめSS来店客から70台が獲得できていますから、商圏告知で135台が加算されれば、月間車検台数は軽く200台を超えます。
このたび、平塚SSに隣接する農地210坪を借り受け、農地転用が承認されました。年内には中古車を30~40台展示する「給油施設を持つ」中古車販売店に模様替えする予定です。

無在庫販売も含めて、年間300台程度の自動車販売を目標としています。
車検と車販を飛車角のように従えた、ローカルSSの勝ち残りモデルが出来上がるかもしれません。

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